IF I SAY, I LOVE YOU

‘あいしてる’って言えたなら

春を待つ風は、まだ冬の冷たさを残していた。
ぼさぼさの髪のまま、慣れない洗濯物を干し終えたベランダに座り込み、ギターケースを抱えながら、僕は空を見上げていた。
少し前まで横にあった彼女の姿は、もうここにはない。鈴のように澄んだ声も、寒さに赤らんだはにかみ笑顔も、全部手の届かないところへ行ってしまった。
「好きだ」と一度でも彼女の目を見て言えたなら、何かが変わっていたのだろうか。
芽吹きかけた草の匂いが、やけに切なく胸に刺さった。

彼女が近くにいた日々は、当たり前のように過ぎていった。
一緒に帰った坂道、教室の隅で笑い合った時間。そのどれもがただの日常だったのに、もう戻らない。
僕が「好きだ」と口にしなかったから。

彼女が何度か見せた迷うような瞳に、僕は気づいていた。
そのたびに、胸の奥では静かなアルペジオのように言葉が紡がれていくのに、どうしたって唇は動かなかった。
「私たちってこれからどうなっていくんだろうね?」
あの日の問いかけに、僕はただ曖昧に笑っただけだった。
本当は、何百回だって「愛してる」と言いたかったのに。

ギターを始めたのも、彼女の何気ない一言がきっかけだった。
「楽器できる人って、かっこいいよね」
その言葉を真に受けて弦を押さえてみたけれど、Fコードさえまともに鳴らせず、指先は痛むばかり。
それでも、もし音楽にできれば、代わりに伝えられると思ったんだ。
結局、その音も、言葉も、どこにも届かないままになってしまった。

彼女はもう、別の未来に歩き出しているのに、僕は立ち止まったまま、まだあの日を抱えている。
弾けないギターを抱えて文字に起こしてみるけれど、結局は彼女との思い出を削りながら、後悔を詞にしているだけだ。
それでも、今日だけでも、彼女を想って「愛してる」と心の中で繰り返せば、少しは心が軽くなるのかもしれない。

冷たい風が頬を撫で、遠くで鳥が鳴いた。
外の桜も芽吹く準備を終え、今か今かと開花の時を待ちわびている。
季節はもうすぐ春になる。
それなのに、僕の時間だけは冬に置き去りのままだ。
ギターケースを抱きしめながら、心の中で何度もつぶやく。

「愛してる、愛してる、愛してる」

もう遅いとわかっている。それでも今日だけは届いてほしい。
たとえ彼女の耳に入らなくとも、この声が空に溶けていくなら、それでいい。

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