それでも君が好き
教室の窓から吹き込む風が、机の上のプリントを揺らしている。
昼休みの廊下で、彼女の手に偶然触れた。ほんの一瞬、かすかに重なっただけなのに、彼女はふっと笑った。
その笑顔が、頭から離れない。胸の奥に焼きついて、何度思い出しても息が詰まる。
恋をするのはこれが初めてじゃないはずなのに、まるで初めてみたいに心が乱されている。
これはまずい。
ある日の放課後、校門を出たところで彼女を見かけた。
隣には見知らぬ男がいて、自然に腕を組んで歩いている。
見慣れた街並みが、その瞬間だけ別の世界に変わって見えた。
胸の奥できしむ音がして、視線を逸らせば楽になれるのに、どうしても目を離せなかった。
もういっそ聞いてしまおうか。
――「あの人、誰?」と。
気に入らない。
君の目も、鼻も、口も、そして何気なくこぼす冗談さえも。全部、好きなのは僕だけ。
嫉妬でおかしくなりそうだ。
正直、自分でも理解できない。
これまでの恋は、もっと余裕で、どこか自分のペースを崩さずにいられた。
けれど今回は違う。彼女の姿を思い浮かべるだけで呼吸が苦しくなる。
目が合えば心臓が暴れて、呼吸を忘れそうになる。
授業中も白紙のノートに視線を落としながら、頭の中では彼女を探している。
友達に「落ち着きないな」と笑われても、言い返す気力もない。
どうしようもない。こんな気持ちは初めてだ。
ある時、勇気を振り絞って声をかけた。
「帰り、ちょっと寄り道しない?」
彼女は少し驚いた顔をして、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ごめんね、予定あるの」
断られたことより、その笑顔が胸に刺さった。
まるで「届きそうで届かない距離」を示されたようで、余計に心が乱された。
どうしてこんなにも振り回されるんだろう。
恋を知っていたはずなのに、ここまで苦しいのは初めてだ。
彼女が笑えば一日中浮かれて、別の誰かと並んでいる姿を見れば地面ごと崩れ落ちそうになる。
まるで呼吸の仕方さえ忘れてしまったみたいに、僕は彼女の存在に縛られている。
一人で帰り道を歩く。
人の声が遠くに響いて、街灯の光が足元を照らしていた。
肩にかかるカバンを持ち直そうとしたとき、ふと彼女の笑顔が浮かんだ。
追いかければ追いかけるほど遠ざかっていく気がするのに、それでも見つめずにはいられない。
気に入らない。
見てほしくて、狂いそうだ。
僕の目も、鼻も、口も、君に見てほしい。冗談にだって笑ってほしい。
どうだろう。やっぱり届かないのかな。
胸の奥でつぶやいた。
――おかしくなりそうだ。それでも、君が好きだ。
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